国旗 - 日本の国旗

国旗  >  日本の国旗

日本の国旗

白色]]、日章は紅色とされている。上下・左右対称である。

日本人の古代信仰として古神道に分類される原始宗教では自然崇拝・精霊崇拝を内包しており、特に農耕や漁撈において太陽を信仰の対象としてきた。皇祖神・天照大神は太陽神である。弥生時代から古墳時代(大和時代)にかけて祭器として使われた内行花文鏡の模様は太陽の輝きをかたどったものと言われ、三種の神器の一つ八咫鏡をこの鏡とする説もある 。初代神武天皇は東征の時に生駒山で敗北するが、私は日の神の子孫として日に向かって(東に向かって)戦うのはよくない、日を背にして(西に向かって)戦おう、と言って熊野(または伊勢 )に迂回して近畿地方の征服を成し遂げた。第10代崇神天皇は、宮廷内に祀られていた天照大神を宮廷外で祀るようになり、第11代垂仁天皇の時に初代斎宮・倭姫命によって伊勢に鎮座した。伊勢神宮の祭祀は、未婚の内親王を天照大神の御杖代(みつえしろ、神の意を受ける依代)として斎王を立てるようになった。

第33代推古天皇の時に聖徳太子が隋の皇帝・煬帝へ、「日出處天子…」で始まる国書を送っている。また、飛鳥時代末期に国号を「日本」(日ノ本)と命名したところからも、太陽(日の出)を意識しており、「日が昇る」という現象を重視していたことが窺える。第40代天武天皇は壬申の乱の時に伊勢神宮を望拝した。これが勝利に結びついたと考えられ、在位中に伊勢神宮の遷宮を制度化し、第41代持統天皇の時に第1回目の式年遷宮が行われた。日本の国家統治と太陽の結びつきはますます強くなった。

この太陽を象った旗を用いるようになったのは、645年(大化元年)の乙巳の変以後、天皇による親政が確立された頃からと考えられる 。文献としては、797年(延暦16年)の『続日本紀』の中にある文武天皇の701年(大宝元年)の朝賀の儀に関する記述において、正月元旦に儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げたとあり、これが日の丸の原型で最も古いものといわれているが、白地に赤丸ではなかったと見られている。

白色]]または銀色で表すのが一般的である 。日本でも古代から赤い真円で太陽を表すことは一般的ではなかったと思われる。例えば高松塚古墳、キトラ古墳には東西の壁に日象・月象が描かれているが、共に日象は金、月象は銀の真円で表されている。第42代文武天皇の即位以来、宮中の重要儀式では三足烏をかたどった銅烏幢に日月を象徴する日像幢と月像幢を伴って飾っていたことが知られるが、神宮文庫の『文安御即位調度之図』(文安元年記録)の写本からは、この日像幢が丸い金銅の地に赤く烏を描いたものであったことが確認されている。また世俗的にも『平家物語』などの記述などからも平安時代末期の頃までの「日輪」の表現は通常「赤地に金丸」であったと考えられている。

九鬼嘉隆が造船した日本丸を中心に九鬼水軍の陣容を描いている。

現存最古の日章旗としては、山梨県甲州市の裂石山雲峰寺所蔵のものが知られている 。これは天喜4年(1056年)に後冷泉天皇より源頼義へ下賜されたという伝承があり、「御旗」(みはた)と呼ばれて、頼義三男の新羅三郎義光から、義光の系譜に連なる甲斐源氏宗家の甲斐武田家に代々伝えられて家宝とされてきた。『甲斐国志』では長さ六尺四布とあるが、現在は約1/4が欠損している。この伝承が事実であれば、遅くとも11世紀半ばには「白地赤丸」の日の丸が存在していたことになる。真偽のほどは不明ではあるが、中世前半に遡る遺例として貴重であろう。また同じく中世の日章旗とされるものとしては、奈良県五條市の堀家に伝わる後醍醐天皇下賜のものが知られる 。

『御船図』安宅丸。19世紀に描かれた想像図には、船尾部に複数の日の丸が見える。

近世における船旗関連の資料としては、寛永期(1624~1644年)に描かれた江戸図屏風 の幕府船団の幟がある。船団中央には、日本丸を改造し改名した大龍丸などが描かれており日の丸の幟を立てている 。また、1635年(寛永12年)に江戸幕府が建造した史上最大の安宅船「天下丸」(通称「安宅丸」)で「日の丸」の幟が使用されているのが知られている 。東京国立博物館が所蔵する『御船図』(江戸時代・19世紀作)にも安宅丸が描かれており、船尾に複数の日の丸の幟が描かれている。江戸幕府の所持船の船印として、一般には徳川氏の家紋「丸に三つ葉葵」を用いたが、将軍家の所持船には日の丸を用いることもあった。

また、1673年(寛文13年)に、江戸幕府が一般の廻船と天領からの年貢米(御城米)を輸送する御城米廻船を区別するために「城米回漕令条」を発布した際、その中で「御城米船印之儀、布にてなりとも、木綿にてなりとも、白四半に大なる朱の丸を付け、其脇に面々苗字名是を書き付け、出船より江戸着まで立て置き候様、之を申付けらる可く候」と、御城米廻船の船印として「朱の丸」の幟を掲揚するように指示し、幕末まで続いた。
国旗 
日本の国旗

国 - 日本

気候は四季の変化に富み、その国土の多くは山地で、人口は平野部に集中している。国内には行政区分として47の都道府県があり、日本人や少数の先住民族のアイヌおよび外国人系の人々が居住し、事実上の公用語として日本語が使用される。内政では、明治維新を経て立憲国家となり、第二次世界大戦後の1947年にGHQの指導の下、現行の日本国憲法を施行。 1940年代に起きた太平洋戦争から復興を遂げ、1960年代からの高度経済成長により工業化が加速し、科学技術立国が推進された結果経済大国にもなったが、1980年代末のバブル崩壊後は経済停滞期に入った。また先進国のひとつとして数えられており、G7、G8およびG20のひとつ。外交では、1956年から国際連合に加盟し、国連中心主義をとっている 。

言語

Flag of Japan (English)  Bandiera del Giappone (Italiano)  Vlag van Japan (Nederlands)  Drapeau du Japon (Français)  Flagge Japans (Deutsch)  Bandeira do Japão (Português)  Флаг Японии (Русский)  Bandera de Japón (Español)  Flaga Japonii (Polski)  日本国旗 (中文)  Japans flagga (Svenska)  Drapelul Japoniei (Română)  日本の国旗 (日本語)  Прапор Японії (Українська)  Национално знаме на Япония (Български)  일본의 국기 (한국어)  Japanin lippu (Suomi)  Bendera Jepang (Bahasa Indonesia)  Japonijos vėliava (Lietuvių)  Japans flag (Dansk)  Japonská vlajka (Česky)  Japonya bayrağı (Türkçe)  Застава Јапана (Српски / Srpski)  Jaapani lipp (Eesti)  Vlajka Japonska (Slovenčina)  Japán zászlaja (Magyar)  Zastava Japana (Hrvatski)  ธงชาติญี่ปุ่น (ไทย)  Japānas karogs (Latviešu)  Σημαία της Ιαπωνίας (Ελληνικά)  Quốc kỳ Nhật Bản (Tiếng Việt) 
 mapnall@gmail.com