カウナス (Kaunas)
カウナスの歴史は少なくとも10世紀まで遡ることができ、現存する文書で最初に登場するのは1361年のことであった. 13世紀にはドイツ騎士団の攻撃から街を守る為に城壁が造られたという. 1408年、マクデブルク法による特許を得て以後、重要な川港を擁する交易の中心地として発展を始める. 1441年、ハンザ同盟の都市となり、同盟の商業事務所が置かれた. 16世紀、リトアニア大公国の元で街は大きく発展した. 17世紀から18世紀に掛けて、ロシア、スウェーデン、ナポレオン軍などの侵攻を受け、また疫病の流行などもあって街は荒廃した. 1862年、ロシアとドイツを結ぶ鉄道が開通すると、カウナスは重要な中継地点となり、1892年には最初の発電所が稼働を始めた. 1919年、それまで首都であったヴィリニュスがロシアに占領されると、リトアニア政府はこの街に移転して来た. そして翌1920年、ヴィリニュスがポーランドに併合されると、カウナスは臨時に首都となった(ただし憲法上はあくまでヴィリニュスが首都とされた).
それから第二次世界大戦までの間、カウナスはリトアニア最大の都市として、工業的にも発展した. 大戦が始るとリトアニアを含むバルト三国はポーランド東部と共にソ連に占領されたが、間もなくドイツ軍が侵攻し街は破壊された. 戦後はソ連の一部となり、再び工業が盛んになった. リトアニアの工業生産の四分の一を担うまでになり、1966年にはトロリーバスが開通した.
1991年、ソ連の崩壊に先立ってリトアニアが独立すると、カウナスもその一部となり現在に至っている.
地図 - カウナス (Kaunas)
地図
国 - リトアニア・ソビエト社会主義共和国 (1918年-1919年)
リトアニアの国旗 |
外向きにはリトアニア人自らによる社会主義革命の産物であるかのような体裁がとられていたが、その実態はを正当化するためのソビエト・ロシアの傀儡政権に過ぎなかった. 一方でソ連の公的プロパガンダに拠って立つ歴史家によれば「ソビエト・ロシア政府がこの若きリトアニア・ソビエト共和国を承認したという事実は、米英の帝国主義者が宣伝する、ソビエト・ロシアがバルト諸国に対する強欲を抱いているというデマを打ち砕くものである」とされている.
通貨 / 言語
ISO | 通貨 | シンボル | 有効数字 |
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