ファドゥーツ (Vaduz)
同国中部のライン川上流右岸にあり、スイスとの国境に近い. 北緯47度8分、東経9度30分. レティコン山塊の北西麓にある観光の中心地で、美術館のほか16世紀からの城もある.
住民のほとんどがドイツ系アレマン人. 人口5,100人(2009年). 隣接するシャーンの方が人口は多い. また、飛び地も多いので領域もまとまっていない.
13世紀に街が作られた、と言われる. 1322年に城が造られたが、1499年にアレマン系のスイス人による略奪が起こった. 17世紀に入ると、リヒテンシュタイン家は、帝国議会における議席の条件となる所領を求め、1699年にはシェレンベルク男爵領を、1712年には隣接するファドゥーツ伯領を購入した. この2つの隣接した所領は1719年、ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝・カール6世によって神聖ローマ帝国に属する領邦国家に公認され、リヒテンシュタイン公アントン・フローリアンにちなんで命名された. 1938年、ヨーゼフ2世がファドゥーツの城に移り、ここが公国の首都に定められた.
機械式計算機メーカーのクルタ計算機の製造は、この都市で行われた.
地図 - ファドゥーツ (Vaduz)
地図
国 - リヒテンシュタイン
リヒテンシュタインの国旗 |
正式名称は公用語のドイツ語で Fürstentum Liechtenstein( フュルシュテントゥーム・リヒテンシュタイン)、Liechtenstein と表記する. 公式の英語表記は Principality of Liechtenstein(プリンシパリティ・オヴ・リクテンスタイン)、略称、Liechtenstein. 日本政府(外務省)による日本語表記はリヒテンシュタイン公国(略称:リヒテンシュタイン(リヒテンスタイン)). 後述のように「リヒテンシュタイン侯国」を正しい訳語とする説も一部にある. リヒテンシュタイン公国がある現地のアレマン語(リヒテンシュタイン方言)では、Förschtatum Liachtaschta(フェアシュタツーム・リアハタシュタ)と表記される. 英語表記で国名・形容詞とも Liechtenstein、国民は Liechtensteiner.